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我が家の食卓

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友人の温かい言葉と、温かいご飯に救われました

わたしは、県外の大学を卒業してから地元に戻って就職しました。就職先は実家から離れていたので、一人暮らしでした。同期もたくさんいて、新入社員のうちは皆で研修をしたり、同じ仕事をしたりして楽しく仕事をしていました。大学で県外に出てからは、地元の友達とあまり連絡を取り合っていませんでしたが、たまたま近くの会社に勤めている友達がいて、連絡を取り合うようになり、月一回のペースで食事に行ったり遊んだりするようになりました。

仕事は、研修期間が終わり、同期の皆がそれぞれの部署へ配属が決まり本格的な仕事が始まりました。周囲の先輩たちは優しいし仕事も教えてくれるので、わたしも一生懸命頑張りました。ですが次第に、わたしへ振り分けられる仕事量が増えてきたのです。

同じ課で働いていたのはほとんどが年輩の方で、パソコンの使い方が上手くありませんでした。そこで、わたしにパソコンの入力や制作物が回ってくるようになってしまったのです。日々の営業報告はもちろん、翌日以降の予定の修正や各所への連絡もやっていました。また、制作物に関しては、デザインなどもわたしに一任されてしまい、それを考えるために調べものをしたり、休みの日も外に出て情報を収集しなければならなくなりました。

そんな仕事を、毎日毎日、夜中まで残業しながらしていました。他の社員も皆帰ってしまい、守衛の方と二人になってしまったことも多々あります。そんなに残業しているのに仕事は減らず、翌日には更に増えたりして、あの当時は仕事量に溺れてしまっている状態でした。実際、呼吸すらしにくいと感じていました。家に帰っても疲れていてご飯を食べる気力もなく、体重が10キロ以上落ちてしまい、遊びにいくことも出来ずにいました。電話で、実家の母の声を聞いただけで泣いてしまったこともあります。

そんな時に、月一で会っていた友人が、自宅で食事しようと誘ってくれたんです。「今までよく頑張ったね。もう、充分だよ。休んで良いよ」と温かい料理を出してくれて、わたしは泣いていました。一人暮らしで半年くらいはまともな食事をしていなかったし、友人はわたしが辛いことをちゃんと見て分かってくれていたんだと思い、張り詰めていたものが、ふっと軽くなったような気がしました。

あのときの友人の言葉がなければ、どうなっていたか分かりません。
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by yamagata_gifu | 2016-01-26 10:52 | 独身時代の思い出
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